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セオリーやルール、常識。

2019年6月13日 木曜日

先日、十数年ぶりくらいにいわゆる「経営者セミナー」なるものに参加した。

テーマは「どうすればスタッフのモチベーション(やる気)を上げられるか」。(ブライダルとは直接関係はない)

40代になって、やっと人の話に耳を傾ける大切さを自覚し始めたところなので・・・というのも参加の理由の一つである。

実際、聞いてみた率直な感想は「行って良かった!」といえる。

そもそもこういった抽象的なテーマについて限られた時間内で、どのように表現するのかということに興味があった。

限られた時間というのは90分程度だったと思う。個人的に言えば、10秒で答えられることをわざわざ90分かけて話すことに、講演という

ビジネスが成り立つのだと、勉強になった。

誤解の無いようにお願いしたいのだが、講演者については本当に共感できたし、ある意味尊敬もできた。口下手な自分にはできないことを

簡単に表現できることも羨ましいとも思う。ひとつテクニックとして学んだのはセオリーや常識を暗にベースとしながら話していることだった。

知らず知らずのうちに共感させられてしまう自分に対して、違和感を訴える自分もいた気がする。

様々なことにセオリーやルールがあると思うし、大切なことだとも思う。

それらの背景には普遍的とされる「常識」というものがある。

ただ同時に「例外」というものもある。私たちのようなブライダル業種にお仕事を依頼してくださる会場様は、どちらかといえば例外的な状況の場合が多い。

そのような状況にはセオリーや一般的なルールは通用しない。必要なのは「状況においての適正な判断と行動する勇気」である。

結婚式業界の夏場の集客月を控えて大手の広告代理店などは、業界のバイブルと言わんばかりの恐ろしいページ数の新郎新婦のトレンドの調査などを発表する。ほぼ意味はない。普段は世の中に意味の無いことなどないというスタンスではあるがあえて断言できる。

そこに記載されている動向など、だいたいの結婚式場の現場の支配人は既に体感している。そもそもブライダル広告を得ることを目的とする広告代理店が作成する市場のデータを鵜呑みにする方に問題がある。一つの材料としては理解できるが。それ以上でも以下でもない。

メディアやジャーナリズムにも同じことが言えるが、これに関しては機会を改めようと思う。

最終的には当事者にしか判断できないこともある。セオリーを守ろうとすること自体がセオリーに反する行為になることも多くある。

ルールにおいても然り。

仕事柄、帰宅が夜遅くなることもある。自宅が最寄りの駅から多少歩くのだが、深夜の誰もいない交差点で、赤信号を守っている人がいる。

理解できない。20代からの疑問である。渋谷のスクランブル交差点ではない。民家の間の数メートルの交差点だ。個人的な見解ではあるが、自分の周りに子供がいる場合はどのような状況であれ必ず信号は守る。

理由は子供は状況判断の能力が未熟だから。

でもそれ以外の状況であれば自分で判断する。そもそも信号とは、交差する両者がスムースに行き交いできるように人間が作ったシステムに過ぎない。真夜中に誰もいない交差点で、信号の色が赤というだけでじっとしていることに対して疑問を感じないのかと思う。またその状況ですら自分で判断できずにいることに・・・。いい年をした社会人がである・・・。信号を守るという自分が好きなのか・・・。故障していたら永遠に止まっているのか・・・。不思議で仕方がない。

まさにうわべ重視の人生である。余談の余談になるが、某チェーン店の牛丼屋でお水を下さいと空のコップを差し出しても水の入ったポットを置かれる。絶対に店員がコップに水を注ぐことはしない。都心部のコンビニエンスストアも然り。客の顔をみて「いらっしゃいませ」という店員は絶対にいない。

このブログを目にした方は試していただきたい。もし私の言っていることが違っていれば心から謝罪する。

ルールやマニュアルが無いと何もできない(しようとすらしない)人材が横行する社会を何とかしないとと思うが、今はその余裕がない。

今は老後の愚痴として温存しておこう。

ひねくれた屁理屈はさておき、セオリーやルールは大切で無視はできないけれども、一つの指標に過ぎない。

一緒に働いてくださっているスタッフのモチベーションを上げる?には「感謝」と「愛」しかない。

自分の子供を、子供だからと見下して支配するのか対等な家族の一員として共に成長しようとする謙虚さと感謝と愛をもつか、だけの話である。

ちなみに弊社のスタッフはそもそも常に高いモチベーションを持ってくれているので、わざわざ上げる必要もない。

「モチベーション」という言葉を気にしたこともない。

だからと言って、90分かけてそれを素性も知らない他人を説得しようとも思わないが。

 

 

 

 

「持込料」廃止。

2019年5月13日 月曜日

大半の結婚式場特有のルールに「持込料」(保管料)という料金設定がある。

簡単に言えば、会場が指定する業者や商品以外を利用する場合は、料金を払ってくださいね、というものだ。

一般の方からすれば理不尽に思われるかもしれないが、会場側からすれば当然である。

 

各業者には年間ある程度の組数の送客を保証する代わりに多額のマージンを受け取っているし、引出物や招待状などを持ち込まれても

結局、会場側が検品や確認をしなければならない。料金ももらっていない招待状や席次表を確認する必要もないじゃないか、と思われるかもしれないが

そうはいかない。もしその招待状に誤植などがあれば、ゲストは会場のミスだと思ってしまう。もっと言えば、持込料をもらわなければ当然売上や利益も下がるので莫大な広告費も捻出できない。

なので、持込料を設定するか持込そのものを拒否するしかない。

 

しかし、弊社では先日、自社会場ではすべての持込料を廃止した。

この業界でお世話になって約15年程度経つ。職種柄さまざまなジャンルの結婚式場のお手伝いもさせていただいている。

当然、クライアントは各会場様なのでそこのルールに従う。そういった中で自社会場くらいはもう少し自由であってもよいのではないか、と感じた。

先日、自社会場の披露宴にたまたま最初から最後まで関わることができたが、それはもう自由そのものであった。持込のものも多く経営者の立場からすれば、利益が出ているのか若干心配でもあったが、何よりも担当者や新郎新婦、ゲストの満足そうな表情を見ていると何も言えないどころか、これもいいのではないかと感じた。(本来フレンチなのだが、新郎新婦の希望で世界の料理ということでトムヤムクンやコシャリを作らされていたシェフには本当に感謝しかない。さすがに慣れない段取りで披露宴が20分延びたが、もはやどうでも良かった(笑))

貸切型なので、シェフや飲料、スタッフ、什器も持込OKにした。

仮にすべてを持込にすれば会場費や音響システムの使用料や厨房使用料、ごみの処分費くらいである。

売上も下がるし、業者からのマージンも入らないので、当然広告など出稿できない。かまわない。

もちろん、検品や確認は弊社スタッフがする。

15年も同じことをしていると原点を求め始める。

(マンションなどの大規模な修復工事の周期も15年らしい。)

巷の広告ではしょっちゅう「自由」「ふたりらしく」「アットホーム」「オリジナル」「ゲストに喜ばれる」というような言葉が

出ているが、本当の「自由」「オリジナル」とは何なのかを考えさせられる。

「結婚」のセレモニー&パーティの原点とは何なのか。

健康食品のコマーシャルに青汁やしじみなどいかにも健康になるようなイメージだが、そうではない。それだけに関して言えば人間の体にとってマイナスではないというレベルである。まず心が健康でなければならない。古今東西、人が良く言うセリフの上位に入ると思うが「がんばれ!」というのも同じく。要するにこちらは何も出来ないから何とか自力で乗り切ってね、と言っているに過ぎない。

健康?食品を売っているわけではないのだからうわべだけではいけない。

新郎新婦とゲストと会場の3者がそれぞれの立場を尊重し良識と信頼関係ができれば、ルールは排除できるのではないか。

・・・という気持ちを持ってはいたい。

㈱LLB 社員へのお手紙

2019年1月31日 木曜日

社員各位

日々、ありがとうございます。
本日、1月31日で会社は3期目の決算を迎えます。
特に今期は、自社プロデュースの会場が2会場増えお客様の対応や引継ぎなどで大きく負担をかけたにも関わらずクレームやコンプレインも無く、またそれ以上に満足度の高いサービスを提供していただいたこと深く感謝します。

会社としては投資も大きく決して余裕のある状態でもありませんが、来期も引き続きよろしくお願いいたします。若干23歳の社員で構成されている会社ですが、いろいろと若い目線やエネルギーをそばで感じられることで私もより経営者としても人としても成長したいと思います。

また今年に入って直営のカフェもOPENしました。これは単に施設の活用という目的だけではありません。私たちの本業は「結婚式」の販売です。車やバッグとは違い実体の無いサービスを何百万円という金額をお支払いいただいています。カフェのコーヒーは350円です。私たちのカフェの最大の強みは、立地でもなく京都らしいメニューがあることでもありません。

日々、数百万円の商品・サービスを提供している皆さんのホスピタリティのレベルをもって350円のコーヒーを提供しているということです。

年齢的に今のカフェのことはあまり分からない中で皆さんの作る商品、メニュー、サービスは横で見ていると感心させられることばかりです。同時に350円のコーヒーに対して付加価値の提供に決して手を抜かない皆さんの純粋な心や姿勢にも感動しました。カフェのお客様から勉強させていただくことも多くあると思います。この店を皆さんの可能性や試してみたいことなどを様々に実践するステージとしてください。

いつか皆さんが私のもとを離れる時、より一層レベルの高いステージで大きな活躍ができ豊かで実りある人生の扉に向けて少しでも力になれればと思います。心から応援しています。

2019年1月31日
株式会社LLB
代表取締役  鈴木将巨

平成最後の〇〇〇・・・。

2018年12月24日 月曜日

ここにきてタイトルのような表現がメディアや広告で頻繁に見かける。

非常に違和感を覚える理由を考えてみた。

一つはこういう事を一般市民が商業ベースで利用するのはいかがかと思う。

もう一つは単純に最後だから何なのか・・・と思ってしまう。

どちらも個人的な意見に過ぎない。

年内に出来る仕事をできる限りしておかねばと思いながら、あっという間にクリスマスイブを迎えてしまった。

弊社においても携わるすべての結婚式を終えた。

何組の新郎新婦のお手伝いをさせて頂いたのか、手元にはっきりした資料はないのだが新郎新婦や家族、ゲストの方々に

本当に満足していただけるサービスを提供できたのかと振り返る。毎年のことであるが、答えは否だ。

採点して100点満点だったと思える結婚式は、この業界でお世話になって1000組以上関わっているが1組もない。

あの時こうしておけば良かった・・・と思う点ばかりだ。それを成長の糧としてきたのにも関わらず。

話は変わるがクリスマスイブである。クリスマスはイエス・キリストの生誕の日と言われている。詳細については何の根拠もないながらに

寒い季節でも太陽と共に葉を落とさない常緑樹をシンボルとして飾られるのは、心が暖まる。

クリスマスイブにおいては、一般的にはクリスマスの前夜として解釈されているが、そうではない。

当時の時代は現代の暦ではなく「ユダヤ暦」という暦が使われていたらしい。その暦では一日の始まりは夕方だったそうだ。

現代では一日の終わりと考えられているが当時は始まりだったようだ。

どちらが正しいというわけではないが、心のとらえ方次第である。

よく論じられる宇宙の始まりと終わりは同じであるという観点からみれば

「何かが終わるということは、何かが始まるという事・・・」

そう、私たちの来シーズンはもう始まっているのだ。

弊社スタッフも次につながる有意義な冬期休暇を過ごしてほしいものだ。

 

決断する。

2018年12月13日 木曜日

やっとシーズンが落ち着きつつあり、大きな事故もなく安堵している管理職の方も多くいらっしゃると思う。

しかし息つく暇もなく、営業的な面で言えば集客数が増加する裏側のシーズンに突入する。

いずれにしても管理職の仕事は「決断する」ことにある。

他の言い方をすれば「判断する」「選択する」になろうか。

 

 

人生は「決断」の連続でできている。

お昼ご飯をメニューから選ぶことから、着ていく洋服なども含めすべて「決断」から成り立っている。

諸説あるが、人は一日に約9000回の決断をすると言われている。18時間行動しているとして1分に8回以上である。

大半が無意識であろう。

その「無意識」が重要である。

無意識に(正確に言えば無意識と思えるほど自然に)決断できる背景には「経験」がある。

私も、この業界に20年弱お世話になっているが、それなりに経験は豊富だと思う。

特にそれほど優秀な方ではないので、おそらく婚礼業界で想定できる失敗やトラブル

といわれることはほぼ経験している。

席札の間違いや招待状の名前間違い、引出物の配布間違い、料理の手配漏れ、司会者が当日来ない、引出物や記録ビデオの発注漏れ・・

映像が映らない、オープン予定のチャペルが完成しなかった、挙式中に天井が落ちた、新婦が披露宴中に泣き出す、そして極めつけは食中毒など。

また挙式前日の破談やクレームによる全額返金、訴訟など・・・・。

それらの対応と結果の方が気になるかもしれないが、今回の話は「経験からくる決断力」についてである。

当然であるが決断だけであれば誰でもできる。しかし管理職は「最善の判断」を瞬時に決断し部下に指示しなければならない。

そういう意味で、良いこともそうでないことも経験は重要である。

大切なことは管理職とは、そういう立場であるという自覚があるかどうか。

この季節、仕事を終え一日を振り返る時に少し外へ出ると凍り付くような冷気を感じ、静けさと共に神々しい夜空を見ることで

リーダーとしての孤独を感じ、そして明日のスタッフやお客様にとって最善の選択を見極める時間も必要ではないだろうか。

 

 

秋深まる。忙しい時こそブレない立ち位置を。

2018年10月22日 月曜日

あれだけ暑かった夏が終わり、地震や台風も乗り越えやっと秋が訪れた。

毎度毎度であるが、いわゆるトップシーズン到来である。長年この業界にいると分かってはいるものの

シーズンが忙しいことに感謝しつつ、やはりハードである。実際に婚礼担当を手がけている社員は一層ハードワークが続くので感謝しかない。

今、夜22時を廻っているが先ほど所用で事務所に電話をしたら、まだスタッフは仕事をしていた。

親御様からお預かりしている大切な大切なスタッフに申し訳ない気持ちもあるが、立場としてケアを怠らないよう何とか事故なく乗り切りたい。

ただ、この時期は実際に忙しいだけでなく来春のセールス、年末年始の集客時期の戦略と経営陣もそれなりに忙しい。

すでに周知されているが、年間婚姻届け出数は減り続けている。結婚式場は増え続けている。先般、毎年発表されている大手結婚情報誌の

トレンド調査なるものが発表されているが、その現象をもってすれば誰でも想定できることを大そうにまとめているだけで大して参考にもならない。

婚礼業界のセールスにおいてよく出てくるキーワードに「成約率」というものがある。

弊社全体においては、だいたい50%~55%を推移していると思う。別に悪いとも思わないし、優れているとも思わない。

ただ、はっきり言えることは「成約率」のことだけを論じるのであれば9割の人格と1割のテクニックだと思っている。結婚式場のハードなど

大差ない。(無いことはないが知れている)。ましてや「プラン」と呼ばれる商品はもっと大差ない。よくある100万円分とお得・・・など個人的には

詐欺に近いと思っている。

個人的な意見に過ぎないが、私は「自分に敬意を払わない人間には敬意を払わない」「自分を大切に思わない人間は大切にしない」「自分のことを好きではない人間を好きになることはない」と考えている。漠然と考えているのではなく自分の哲学に近い。

但し、逆も同様である。だからこそ「まずは自分から」とも考えている。自分たちが誇りを持って運営している結婚式場に興味を持っていただき、

わざわざ時間と交通費を費やして来ていただけるカップルに対しては、まずは自分から心から好きになろうと、大切に思おうと、敬意を払おうと心がけている。

私生活も含め、取引先も含め、常にそういうふうに心がけていれば、だいたい半分くらいは離れていき、残りの半分くらいは共感してくださる。

結果、それが「成約率」となっているだけだと思う。

全員に好かれるのは不可能だ。半分くらいに嫌われて、半分くらいに共感してもらえたら十分だと思っている。

世の中、そんなものだ。

 

 

シーズンに向けて。根性・精神論は不要か。

2018年9月22日 土曜日

9月も半ばが過ぎ、そろそろ分かっていたこととはいえトップシーズンの業務量を身体が思い出す時期になってきた。

ただ、そんな臨機応変に人の体力や処理能力は変わらない・・・。

でも・・・しなければならない。

管理職としてもスタッフに対してはやはり無理を承知で仕事をお願いしなければならない場合も多く出てくる。

本意ではないが、自分も含めていざというときは頑張るしかないという状況の中で、精神論・根性論の是非が葛藤の原因となる。

そもそも仕事において精神論は必要なのか。

「途中で投げ出さず最後までやり遂げる」や「途中でやめるのは格好が悪い」といった根性論は、日本では非常に強く伝えられてきており、その背景には旧時代的あるいは軍隊的な発想や思考が、根拠になっているものも少なくなくない。

特に戦時中においては、この思考が強く強制されていましたが、ただ無駄に多くの犠牲者を生む事になり、何一つ良い事が生まれなかった事は言うまでもない。

現代においても非常に合理的ではない考え方といえる。

しかし、どうしても精神の力で乗り切れることがあるのも事実。

しんどい時はムリせざるを得ません。

個人的な考え方ですが、ムリができればもはやそれはムリではなくなります。

そうやって人は成長するし、しなければなりません。

もちろんこの世の中、根性だけではどうにもならないし、根性があっても夢は叶いません。しかし精神を鍛え高めていく事は、己を高めていくことであり生きていく上では必要な事だと思います。何もないただ状態では出来る事すらできなくなってしまい、自分で成し遂げようという気持ちすら無くなってしまいます。

結局はその行為が「自発的」なのか「強制」なのかによります。

あくまでも本人から純粋に精神を鍛錬したいという、気持ちを引き出していくことが重要ではないか。

管理職は部下の業務自体を管理するのではなく、部下の仕事においての「心の状態」を常に管理しなければならない。

 

 

愛を添えて相手の声を聞く。

2018年8月9日 木曜日

8月に入りブライダル業界も来期を見据えた様々な営業活動に本腰が入る。

LLBでも自社はもちろんクライアントの業績を上げるために色々と考えさせられる時期でもある。

この業績を上げる=売上を上げるというために様々なアクションがあり、様々な人の意見を聞くことも多いのだが

いつもふと思うのは「そこに愛はあるのか」という疑問だ。

昨今、急激に人工知能の進歩が話題になる。将棋で人工知能(AI)が人間に勝った。チェスやオセロも・・・。

そのニュース自体は「へー、すごいね」程度のものであるが、議論が白熱してくるといつかAIが人間を超える日が来るのでは・・

という話題になる。

来るわけがない。なぜ、たかがテーブルゲームでコンピューターが人間に勝ったくらいでそこまでの話になるのか。

将棋を例にとれば、盤面で意味のある指し手ののパターンは10の220乗と言われる。一見とてつもない数字に見えるが結局は

限界があるということだ。そのあらゆるパターンを早く計算して最適な指し手を導き出せれば当然強くなる。所詮、計算能力の速さがモノを言う。

少なくともこの業界は答えを導き出すための正解がない。人と人とのコミュニケーションが結果を導き出す。

コミュニケーションしている相手の人の考えを考えることによって相手と自分をインタラクションしている。その心の理論のベースになるのが

「愛」であると思う。「愛」とは相手とのネットワークの確認手段として心に生じた概念のひとつということになる。

ブライダル業界ではコミュニケーションの大切さをよく言われるがそういう意味では「愛」は不可欠である。この概念は人工知能には無い。

だから人工知能は人間を超えることはできない・・・道具に過ぎない。

相手の立場を理解し、相手を外側から観察するのではなく、相手の心の内側に入り内面から相手を見ることで分かろうとすることが愛であり、

そのためには相手の声に耳を傾け、より深い相手の声を導き出す能力がコミュニケーション能力である。

ギリシャ神話ではないが、なぜ口が一つで耳が二つなのか・・・。神様が「聞く」ことの大切さを教えようとしたのかもしれない。

先を見据える。

2018年7月21日 土曜日

明治維新からちょうど今年は150年を迎える。

節目である今年のNHK大河ドラマである「西郷どん」を見て時代の転換期に困難に立ち向かう姿に共感を覚える方も多いことと思う。

この業界にいて日曜日の夜にテレビなど見る暇など無い・・・と言ってしまえばそれはそうなのであるが。

現場のプランナーからマネージャーや支配人クラスに昇進する方も多くいると思う。それはそれで良いことであることには

間違いないのだが、たまに管理職になっても現場が好きで婚礼の担当を持ったりしたがる人がいる。管理職であるにもかかわらず、打ち合わせや

披露宴の現場に出ていることを仕事をしていると勘違いしている。

人手が少ない時ややむを得ない事情がある場合はもちろん仕方がない。しかし基本的にはしてはいけない。

(人のことを言える立場ではないが)本来の仕事を考えればそんな暇は無いはずである。

この業界で働く方々が肌で感じているように、ブライダル業界は大きな転換期を迎えている。管理職やリーダーは現状を把握しながら未来への

地図を描かなければならない。ブライダルだけではなく市場そのものがそうなっている。

「拡大から縮小へ」「画一化から多様化へ」「物質満足から精神満足へ」・・・がキーフレーズになっている。

そこに加え政府が提唱する「働き方改革」や「消費税10%」など

問題が山積している。世の中の価値観が変わり幸福度の基準も変化している中で

ブライダルに関わる者は真剣に向き合い、次の世代・・・150年後の業界を見据えて仕事をしなければならない。

暗闇の中で先頭に立って懐中電灯を照らす人こそがリーダーである。

足元を照らす者はいない・・・普通は少し先を照らし安全を確認し後続の者を導くものである。

やりがい搾取。

2018年6月24日 日曜日

「一億総活躍社会」を目指す!何をもって「活躍」というのか。

並行して現代のキャリア教育では「自分を輝かせよう!」「女性が活躍できる社会」「やりがいを見つけよう!」などという非現実的な

ワードが横行している。転職雑誌の悪影響もあるのか・・・。

そういった中で人は「自分はもっとやらなければ・・」「いいように思われることが輝くことだ」と自己愛が過剰になっていく。

そもそもであるが、仕事で輝かなければいけないのか。私自身はそのように思ったことは一度もない。何のために仕事をしているのかと

問われれば「生活のため。」以外に答えは無い。生きるため、そして自分を必要としてくれる人を守るために働いている。仕事を楽しいなどと

思ったこともない。仕事とはつらくて苦しいものだと思っている。

ウエディングの仕事も嫌いではないが好きでもない。あくまでもビジネス(利益を生み出す)の手段としてやっている。

ただ、この業界でも上記のような「自己愛」を利用した悪しき習慣が非常に多く見られる。

面接時などウエディングの仕事は華やかだけれど実際はハードなどと、まるで業界の悪を正当化するような管理職もいる。

ウエディングが好きだから!新郎新婦の喜ぶ顔が私を頑張らせる!・・・。自己愛が自己犠牲を強いるようになり、自分をそう言い聞かせないと

自分の中で辻褄が合わなくなるのだろう。

その理論でいけば、そのプランナーが結婚式の費用も全額出してあげればいいのに・・・と思う。恐らくそれが一番新郎新婦から感謝されるだろう。

若いスタッフに対しては、より一層正しいサービスの意味や価値の提供についてきちんと教える必要がある。

「やりがい」を口実にスタッフに対して、非常識な労働を強いる会場はいずれ淘汰されるだろう。

 

 

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